三十三間堂の千手観音像

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三十三間堂の千手観音像

石屋のないしょ話

2023/09/30 三十三間堂の千手観音像

 

 

東山七条のある三十三間堂は、本堂に一千一体もの十一面千手観音像を祀っていることで知られています。平安時代末期の一一六四(長寛二)年、後白河法皇が自分の御所の中に、平清盛に命じ資金を提供させて建立したと伝わっています。

 

一千一体の観音さまがズラリと並ぶ光景は、まさに壮観の一語に尽きます。これらの観音像は、名仏師として名高い運慶とその子湛慶らが七十名近い仏師を率いて制作。平安時代の作が一二四体、鎌倉時代の作が八百余体だそうです。

正式名称は蓮華王院と言い、三十三間堂という通称は、本堂の内陣の柱と柱の間の数が三十三あることから言われるようになりました。

柱と柱の間は三.六メートル。それが三十三あるのだから、本堂の南北は約一二〇メートルもあることになります。世界一細長い本堂かもしれません。

 

この三十三という数は、観音信仰とかかわりのある数字で、『法華経』によれば、観音様は三十三の姿に化身して人々を救うとあります。

 

本堂中央に、大きな十一面千手観音中尊像が安置され、その左右に五〇〇体ずつ等身大の千手観音像が並び、合わせて一千一体。それぞれの千手観音は両脇に四〇の手を持ちます。一つの手が二五の世界を救うとされるので、合計して一千手。その手が一千の願いを聞き届けます。さらにその観音が一千一体あり、一つの観音さまが三十三の化身を持つのだから、観音さまのご利益は一〇〇〇の手×一〇〇一体×三十三となり、千手観音の救済は計り知れないほど多くなります。

 

平安時代末期は「末法の世」と言われ、相次ぐ天変地異や戦乱で世は乱れ、不安と恐怖に覆われた時代でした。

後白河法皇自身も、台頭する平氏と源氏の武士たちと対立を繰り返す政情不安な世に、波乱に満ちた一生を送りました。

保元・平治の乱、治承・寿永の乱が相次ぎ、平清盛、木曽義仲とも対立し、何度も幽閉され、院政停止に追い込まれました。源頼朝の鎌倉幕府とも多くの軋轢を抱えて戦を繰り返しました。ひと時も心休まることがない一生だったのではないでしょうか。

 

法王は、末法の世に苦しむ人々と自らの救済を十一面千手観音に求めました。観音さまの救いの多さにすがったのです。後白河法皇の苦渋と、観音信仰に救いを求めた平安末期の人々の苦しみが、一千体もの観音像からうかがい知ることができます。

 

 

ご参考までに・・・。

 

 

 

 

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