石屋のないしょ話 vol.104

今月は、京都御所にいる金網の中に入れられた猿についてお話します。
京都御所の北東角の地点は「猿が辻」と呼ばれ、ここだけ築地塀がへこんでおり、築地塀の上には金網に閉じ込められた猿の像が御幣を持って鎮座しています。
同様に、比叡山の麓に位置する赤山禅院という寺の屋根の上にも、金網の中に御幣を持った猿の像が鎮座していますが、なぜ猿の像が屋根や塀の上に置かれているのでしょうか?
平安京は古代中国の陰陽道の考え方により、都を「鬼門」から守るように作られていました。 「鬼門」とは、北東の方位を指し、鬼や悪霊が出入りする丑と寅の間の方角で「表鬼門」と言って忌み嫌われました。 対する南西の方角は未と申の間の方角で「裏鬼門」と言われ、こちらも同様に忌み嫌われました。 京都御所の猿が辻は、平安京の北東の方角にあり、陰陽道によると鬼や悪霊が出入りする「表鬼門」に位置します。 そしてこの北東の方角を延長してラインを辿っていくと、ちょうど赤山禅院と比叡山延暦寺が位置するのです。
つまり、赤山禅院・比叡山延暦寺も平安京の鬼門を守る寺として造営されたと考えられます。 平安京の北東の鬼門に当たる御所の猿が辻に猿の像を安置し、またさらに北東に進んだ位置にある赤山禅院にも屋根の上に猿の像を置いて、平安京の表鬼門を守らせています。 赤山禅院の猿と御所の猿は向かい合う位置にあり、互いに鳴き交わして京を守っていると言われています。 では、なぜ鬼門を守る像に猿が用いられているのでしょうか? 昔から猿は「難が去る」「勝る」に通じると言われ、魔除けや鬼退治・必勝のご利益があると信仰されてきました。 
 お稲荷さんがキツネとされるように、猿も昔から神の使いとされてきたのです。 比叡山延暦寺の守護神は日吉大社で、その神の使いが猿なのです。 それにしても、御所の猿も赤山禅院の猿も金網の中に閉じ込められているのは不思議です。 猿が辻にある立て札によると、実はこの神猿は神様の使いであるのに夜になると抜け出しては外を通る人にいたずらを繰り返していたため、金網の中に閉じ込められたとあります。 なんとも破天荒な神様の使いです。
石屋のないしょ話でした・・・。