石屋のないしょ話 vol.106

例年よりも早く梅雨入りし、すっきりとしないお天気が続きます。 ところで皆さんは「車折神社」と書いて何と読むかご存知ですか? 正解は「くるまざきじんじゃ」です。 車折神社といえば、芸能人がお詣りに行くので有名な神社です。 芸能の神様である「芸能神社」が境内にあって、有名人の名前も随所に見られる玉垣がどんどん境内に延びています。 そのことと車折は何か繋がりがあるのでしょうか? 今月は「車折神社」についてお話します。
そもそも車折神社の名前の由来は・・・後嵯峨天皇(一二四二〜四六)が大堰川へ行幸する際、神社の前にある石のそばを通りかかると、急に車の轅ながえ(牛に引かせる二本の長柄)が折れました。 天皇はここに清原頼業が祀られていることを知り、非礼を詫びて「車折大明神」の神号と正一位の位を贈りました。 こうして「車折神社」の名がついたと言われています。 この神社は、もともと清原頼業すなわち経書と法律の大学者であった人を子孫が祀った「宝寿院」というお寺だったのです。 古くは「車折神社」でなく「車前神社」や「車裂神社」の漢字が使われていたそうです。 それが「車析神社」に統一され、さらに現在の「車折神社」と書かれるようになったのは江戸時代末期からとのことです。 後嵯峨天皇の命名からすれば「車前」や「車裂」はその意味をよく表しています。 「車折」にいたる漢字の変遷がおぼろげながらも見えてきます。 「車前」や「車裂」は意味通りではありますが、神社名としてふさわわしくなかったのかもしれません。 ところで、このややこしい神社名のきっかけとなった後嵯峨天皇の前で神威を表し、車の轅を折ったとされる石ですが、拝殿に向かって右手前、石垣と木々に囲われ、注連がはられて祀られています。
石屋のないしょ話でした・・・。