石屋のないしょ話 vol.109

まだまだ厳しい残暑が続きますが、皆さん体調は崩されていませんか? 今月は、京都に来られた観光客がなかなか読めない「先斗町ぽんとちょう」についてお話します。
先斗町は、京都の市中を流れる鴨川と木屋町通の間に細長く続く石畳の通りで、飲み屋さんや料理屋さんが軒を並べています。 狭い通りをはさんで、東側のお店は鴨川に面しているため、夏になると鴨川の川べりに床を張り出してお酒や食事を楽しむ、京都の夏の風物詩「納涼床」がはじまります。 明治期より先斗町歌舞練場では、舞妓さんや芸妓さんによる「鴨川をどり」が初演され、花街として賑わってきました。 「先斗町」も読み方が難しい京都の地名の一つです。
先斗と書いて、なぜ「ぽんと」と読むのでしょうか? これには、いくつかの説があります。 織田信長の時代、この地にはポルトガル人が南蛮寺を建てて多く住んでいましたが、彼らがこの地を「ポント」と読んでいたようです。 ポルトガル語で「PONTぽんと」は「先」という意味があります。 では、なぜポルトガル人たちは、この地を「先(ポント)」と呼んだのでしょうか?
この地は、もともと鴨川の中州で、そこに堤防を築くために埋め立てた場所でした。 そこに家が建ち始めましたが、すべて河原に面した片側のみの先端に建ったことから、ポルトガル語で「先にある町」という意味で、「ポント」と呼んだと言われています。 また、この一帯は鴨川と高瀬川に挟まれた堤のような地であるため、「堤」から「鼓つづみ」を連想し、鼓が「ポン」と鳴ることから「ぽんと」になったと言われています。  川と川に挟まれた地を、皮と皮に挟まれたと解釈して「鼓」を連想したのでしょうか?  今では南蛮寺のあった西洋の香りはなくなって、京の風情が満喫できる花街となり、観光客に人気のエリアとなっています。
石屋のないしょ話でした・・・。