石屋のないしょ話 vol.113

明けまして おめでとうございます。 今年もgood-stoneをよろしくお願い致します。 2012年1回目の《石屋のないしょ話》は、干支についてお話します。 皆さんご存知のように、今年の干支は“辰”ですが、正しくは“壬辰年みずのえたつどし”なのです。 干支は、十千十二支じっかんじゅうにしを組み合わせたものです。    
発祥は四千年前の中国・殷の時代(紀元前十六〜前十一世紀)とされています。 本来、干支は月日を数えるために生まれました。 十干は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十の要素で、一ヶ月を三等分した十日を一サイクルとして日を数えるように考案されたものです。 同様に十二支の子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥も十二ヶ月の呼び名であったと言われています。 十干十二支は、それぞれが組み合わされて年月日や時刻・方位などを表すのに用いられるようになりました。 また、陰陽五行説と結びつき、占いなどにも使われました。
日本書紀によると、暦法が採用されたのは推古天皇朝の六○四年で、百済の僧が伝えたとされています。 以降、干支は年月日を表すのに重要なものとなり、歴史的事件の呼称としても用いられるようになります。 例えば、大友皇子と大海人皇子との皇位継承争いを「壬申の乱」と呼びますが、干支によりこの出来事が六七二年に起こったことがわかります。 その後、干支が本格的に庶民の暮らしに浸透するのは江戸時代に入ってからになります。 それまで特権階級のものだった版暦が印刷技術の発展により、庶民の間にも広まったからです。 当時の暦は本になっていて、季節を表す二十四節気や特定の日の吉凶を示す暦注などが事細かに書かれており、各地で出版され大流行したそうです。
東洋には「輪廻の思想」というものがあります。 太陽は朝に昇って夕方に沈み、月の満ち欠けも繰り返す。 悪い日もあれば良い日もある。 私たちの周りのものは、ほとんどが循環し、蘇りを繰り返しているという考え方です。 干支もまた、十(十干)と十二(十二支)の最小公倍数である六十ごとに繰り返しています。 六十一年目には自分の産まれた年の干支になり、暦が還ったという意味で「還暦」となります。 数え年で六十一歳(満六十歳)を祝う風習は現在も続いており、赤い頭巾にちゃんちゃんこを身につけるのは、もう一度赤子に戻って産まれ直すという意味合いがあります。 
石屋のないしょ話でした・・・。