石屋のないしょ話 vol.121

まだまだ残暑が厳しいですが、皆さん体調は崩されてませんか? 涼を求めて鞍馬・貴船あたりに足を運んだ方もいらっしゃるかと思います。 今月は貴船神社に古くから伝わる「丑の刻参り」についてお話します。 

草木も眠る丑の刻、白い着物をまとって頭には鉄輪を逆さにしてかぶり、顔に朱をさし松明を口にくわえた女が一人、山深い貴船の奥宮にあらわれる。 暗闇の中、ただひたすら藁人形に五寸釘を打ちつけ、呪詛の言葉がこだまする・・・。 皆さんもご存知の貴船神社に伝わる「丑の刻参り」です。 丑の刻参りは日本に古くから伝わる呪詛で、丑の刻つまり午前一時から三時頃に神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を五寸釘で打ち付ければ、相手を呪い殺すことができるといわれています。 白装束を身にまとい、頭には鉄輪を逆さにしていただき、顔には朱を、身体には丹を塗り、松明を口にくわえるといういでたちにしなければなりません。 貴船神社の丑の刻参りは、謡曲「鉄輪」の話で広く知られるようになりました。 謡曲は、夫に捨てられた妻が貴船神社に発願して丑の刻参りをし、夫を奪った女を呪い殺そうとする話です。

妻は毎夜、貴船神社の杉の木に藁人形を打ちつけて呪詛しました。 体調が思わしくないのを不審に思った夫は、陰陽師・安部晴明に相談します。 晴明はすぐさま妻が丑の刻参りをしていることを見破りました。 満願の夜に妻が亡霊のように現れ、夫を連れ去ろうとしましたが、晴明に阻止されてできず、狂気にかられた妻は傍にあった井戸に身を投げてしまいました。 人々は、嫉妬に狂ったとはいえ、夫が恋しいあまりの所業であったことを思い、妻を哀れんで井戸の傍に祠を建て、鉄輪社として霊を祀りました。 この鉄輪社の祠と、妻が身を投げた井戸は、今も下京区堺町通り松原に残されています。
貴船神社は鞍馬山の麓、貴船川に沿って建てられた神社で、もともと水を祀る社として、全国に四五○社ある貴船神社の総本社です。 平安遷都後、京の都の水の神様として朝廷からも厚い崇敬を集めました。 古来、晴れを願うときは白馬が、雨を願うときは黒馬が神社に奉納されましたが、実際の馬に変わって板に描いた馬が奉納されるようになり、これが絵馬の発祥になったといわれています。 丑の年・丑の月の丑の日の丑の刻に貴船明神が貴船山に降臨したことから、丑の刻に参拝して願いをかけると叶うと言われ、もとは心願成就の方法だったのが、いつの間にか背筋の寒くなるような呪詛の方法として広く知られるようになったのです。
石屋のないしょ話でした・・・。