石屋のないしょ話 vol.123

暑い夏が過ぎ、朝晩めっきり冷え込む季節になりました。 皆さん風邪などひかないように気を付けて下さい。 今月は「西院」の読み方についてお話します。 

「西院」とは、京都市右京区にある地名で、天神川に接するあたりを指します。 ユニークなのは、読み方が二通りあることで、阪急電鉄の駅名は「さいいん」と読み、京福電鉄嵐山線の駅名は「さい」と読ませています。 昔は「さい」と言ったそうですが、今は「さいいん」と言う人のほうが多いそうです。

この地名の由来には諸説あります。
平安時代、このあたりには淳和
じゅんな天皇の離宮である「淳和院」がありました。 この院が皇居の西の方角にあったことから「西院」と呼ばれるようになり、その一帯の地名も「西院」となったという説。
また、西院の中央を走る現在の佐井通さいどおりは、かつては道祖大路さいおおじと呼ばれ、佐比川さいがわが流れていたことから「さい」と呼ばれるようになったという説もあります。 さらには、次のようなおどろおどろしい説もあります。 西院のある場所は、平安時代には洛外で西の果てでした。 魔界との西の境目で、三途の川の河原、つまり「賽の河原」があったらしいのです。 「賽」とは、親より先に死んだ子供たちが、親不孝の罰として河原に積まなければならない石のことです。 何度積み上げても鬼がそれを崩しに来るので、永遠に石を積み上げ続けなければならないという悲しい謂れがあります。 西院の地こそ、この「賽の河原」と考えられていたようです。 それを示す石碑が実際に残っています。 阪急西院駅の近くにある高山寺には、「西院之河原 旧跡」と記された石碑が建っていて、それには「さいのかわら」とふり仮名がしてあります。 現在は、京都と大阪を結ぶ阪急電鉄の駅があり、大阪方面への出入り口として賑わう繁華街となっている西院ですが、かつては死んだ子供たちが永遠に石を積み上げる悲しい河原だったのかもしれません。
石屋のないしょ話でした・・・。