石屋のないしょ話 vol.137

明けまして おめでとうございます。 今年もgood-stoneをよろしくお願い致します。 2014年1回目の《石屋のないしょ話》は、「露払い」のルーツについてお話します。 
大相撲で横綱が土俵入りするときには、必ず先導役の力士が「露払い」として先に立ち、後ろには太刀を掲げた「太刀持ち」を従えて入ってきます。 これは江戸寛政期の谷風、小野川という横綱が、土俵入りを初めて行ったとき以来の習慣なのだそうです。 そもそも、昔から貴人の儀式には先導役の「露払い」と従者の「太刀持ち」を従えるのが慣わしだったそうで、横綱土俵入りの威厳を高めるためにこれを見習ったものだと伝えられています。 しかし、今現在「露払い」といえば、大相撲ファンならずとも大方の人は、この先導役の力士を思い浮かべるのではないでしょうか? ところが「露払い」のルーツは相撲ではなく、なんと蹴鞠にあるのだそうです。 
京都では、新春一月四日に下鴨神社で行われる蹴鞠始に始まって、二月十一日には上賀茂神社・四月十四日と七月七日には蹴鞠の神様を祀る白峰神宮、六月には藤森神社、八月の旧暦七夕には平野神社などと、蹴鞠の晴会が目白押しです。 そればかりか、白峰神宮は蹴鞠をルーツに今やサッカーの神様としてすっかりおなじみです。
「露払い」を辞書で引くと@蹴鞠の最初。 鞠庭でまず鞠をけって、懸の樹の露を払い落とすこと。 また、その人とあります。 続いてA貴人に先導して道を開くこと。 またその役。 そしてBでようやく、相撲の土俵入りの時の露払いの意味が出てきました。 蹴鞠における鞠庭とは、サッカーでいうピッチ、競技場のことです。 しかし、サッカーと違うのは、約十五メートル四方のピッチの内側四隅に「懸りの木」と呼ばれる松・桜・柳・楓が植えられていることです。 これらの木に神様が降り立つとされ、四季の木々に囲まれた中で鞠を蹴るのです。 蹴鞠は七世紀には大陸から日本に伝わり、飛鳥や奈良の地でも蹴られていました。 しかし懸かりの木が植えられるようになったのは、まぎれもなく平安の都においてであるそうです。 蹴鞠のピッチに春夏秋冬という宇宙を一同にこめようとする美意識はいかにも京都であり、日本人独特の感性として培われてきたものです。 ちなみに現在の懸りの木は、蹴鞠のために特設されたものや背の低い木が多いですが、古い絵を見ると羽振りの良い堂々とした木々が描かれています。 さて、朝一番の試合ともなれば、懸りの木々にはたっぷりと夜露が降りています。 木の枝に蹴った鞠がふれるたび、ザザーッと露を浴びてしまうことは想像に難くないですよね? つまり、露払いのルーツは蹴鞠開始のひと蹴りなのです。
石屋のないしょ話でした・・・。