石屋のないしょ話 vol.139

皆さんは「三本足の鳥居」をご存知でしょうか? 今月は「蚕ノ社」にある三本足の鳥居についてお話します。 
「蚕ノ社」は、京福電鉄嵐山線(嵐電)にある駅名で、この付近一帯を指します。 駅から歩いて5分ほどの住宅街の中に、ひっそりと鎮座する神社があり、正しくは「木嶋坐天照御霊神社このしまにますあまてるみたまじんじゃ」といいます。 しかし、一般的には「蚕ノ社」として知られています。 本殿東側に蚕養神社があって、蚕を祀っていることから「蚕ノ社」と言われるようになったそうです。 創建は古く、『続日本紀』によると七世紀頃で、この地を本拠地とした渡来人の秦氏が養蚕と織物の神を祀ったことにはじまる。 秦氏は、灌漑や養蚕、酒造りなどの技術に優れ、この地を開拓し、養蚕技術を広めたといわれています。

この神社には、世にも奇妙な三本足の鳥居「三柱鳥居」があります。 三柱鳥居は鳥居を三つ組み合わせてあり、三方のどこから見ても鳥居の形が正面に見え、真上から見ると三角形が見える不思議な形をしています。


鳥居の下は「元糺の池」という小さな池になっています。 この池は清らかな湧き水で「神の池」と言われていましたが、数年前から湧き出ていないそうです。 池の中央、鳥居の真下にはこんもりと石が積み上げられていて、その上に御幣が建つ。 「神座」と言われ、宇宙の中心を表し、三方より拝むことができるようになっています。 三柱の特異な形には諸説あり、まず、秦氏はシルクロードを通じて絹織物の交易を行っていたため、古代オリエントと通じていた。 古代オリエントで広まっていた景教(ネストリウス派キリスト教)の影響を受けていた秦氏は、三本の鳥居でキリスト教の三位一体を表したのではないかという説があります。 また秦氏は、鳥居の三方がそれぞれ秦氏に関わりが深い稲荷山、松尾山、双が丘の三方向にある遥拝所に向かうようにつくったのだという説もあります。 なぜ三方向に面するようにしたかは、冬至の日、稲荷山から昇る朝日と松尾山に落ちる夕日をこの二面から拝することができ、もう一面からは双が丘を正面に拝することができるようにするためです。 いずれの説が本当なのかは神社でも詳しくはわからないのだそうです。 巨木が繁茂する薄暗い森のひんやりとした空気の中で、三柱鳥居は何やら不気味な気配を漂わせています。
石屋のないしょ話でした・・・。