石屋のないしょ話 vol.141

新緑が綺麗な季節です。 今月は真如堂にある安倍晴明の蘇生伝説を裏付ける証拠についてお話します。 
いまや雅で華やかなイメージがありますが、京都は平安の時代から怨霊や物怪が出没し、天皇や皇族が恐れおののく都でした。 底知れぬ闇を抱えた平安王朝では、呪術・占術を駆使して怨霊を退治し人の生死を操作した陰陽師たちが活躍しました。 なかでも、安倍晴明は恐るべき呪力を発揮した天才陰陽師で、関白・藤原道長に重用されました。 その安倍晴明の呪力と奇跡を伝える名刹が真如堂なのです。 
真如堂は、京都の東・吉田山の中腹にあるお寺で、紅葉の名所として有名です。 正式名称は真正極楽寺です。 比叡山の戒算上人が九八四(永観二)年に開山しました。 本堂に安置された不動明王像は、死んだ安倍晴明の命を救った念持仏だと言われています。 真如堂が秘蔵する「真如堂縁起」には、驚くべきことに晴明は一度は死んだものの、晴明の呪力を惜しんだ不動明王が閻魔大王に生き返らせるように願い出たとする記録があるのです。 閻魔大王は不動明王の願いを聞き届け、晴明に衆生の民を救うなら蘇生させようと、秘印を授けて娑婆へ今一度戻したことになっています。

真如堂の宝物に、蘇生して閻魔大王の前にひれ伏す晴明の姿が描かれた図と、晴明のシンボルとなっている五芒星の印判が残されています。 この印判は、閻魔大王が人々を救済するなら蘇生させるといった、その誓約書に押した判と言われています。 晴明はさらに、真如堂の殺生石にまつわる事件でも呪力を発揮しました。 殺生石とは、天竺(インド)・中国・日本で暴れまわった妖怪の九尾の狐が石と化したもので、真如堂の地蔵堂に祀られている地蔵菩薩像が、この殺生石で作られています。 この妖怪狐は、玉藻前という美女に化けて鳥羽上皇に近づき、上皇を骨抜きにして寵愛を受けるようになりました。 玉藻前に化けた妖怪狐は上皇の兄の薄雲皇子と謀って天下を取ろうとしますが、安倍晴明に正体を見破られてしまいます。 すると、妖怪狐は空高く舞い上がり下野国那須野に逃げたといわれています。 玉藻前に化けた狐の正体を見破ったのは安倍晴明と伝えられていますが、時代的には晴明の死後100年ほど後のことなので、五代後の子孫・安倍泰親だとも言われています。
石屋のないしょ話でした・・・。