石屋のないしょ話 vol.156

四条大橋たもとの南座を東へ、八坂神社の方向へ向かって歩くと、大和大路の東にお寺があります。 今月は、祇園j商店街の中に唯一あるお寺「仲源寺ちゅうげんじ」についてお話しします。 地元祇園町では「仲源寺さん」、京都の人々には「めやみ地蔵さん」「泣き地蔵さん」として親しまれていますが、それだけではありません。 眼病平癒にかけては、全国にその名を知られています。 本堂に安置されているお地蔵さんこそが、このお寺のご本尊である目疾めやみ地蔵なのです。

通称「泣き地蔵」。その由来は、一丈六尺のお地蔵さんの玉眼入りの右目が、赤く充血して涙を流しておられるように見えることからです。 いつの頃からか「眼病に悩まされている人々の身代わりになって、お地蔵さんが目を患っている」と言い伝えられてきました。 以来、眼病に悩む人々が祈願に訪れ、また眼病が治ったとして、お礼詣りに来られる人も多いそうです。

ところが、この目疾地蔵、古くは雨止み地蔵として、鴨川とは切っても切れない縁がありました。 現在の祇園町が形成されるずっと以前、鎌倉時代のことです。 もとは四条大橋たもとから北東に通じる畔道にお堂があり「畔
くろの地蔵」と呼ばれていました。 昔は暴れ川だった鴨川。 何度も氾濫するたびに、それを鎮めてくださったお地蔵さんとして祇園村の人々がお堂を建て、信仰してきました。 当時は八坂神社や知恩院にお詣りする人がにわか雨にあうと、雨宿りできる場所はここしかなかったのでしょう。 地蔵堂で雨宿りをしたことから、雨止み地蔵とよばれるようになったといいわれています。 雨止み地蔵が本来で、「あめやみ」「めやみ」・・・と目疾地蔵に変わったと聞くと、駄洒落のようで拍子抜けしますが、日本の信仰には、案外こういう例が多いのです。 鴨川の氾濫から眼病まで、時代時代の人々の苦しみを映し出しているようでもあります。 
石屋のないしょ話でした・・・。