石屋のないしょ話 vol.182

日本を訪れた外国人が「何のためにあるの?」と不思議に思う日本家屋の様式の一つが「床の間」です。 日本の家はただでさえ狭いのに、わざわざ床の間を作るのは無駄ではないかというのです。 たしかに、合理的に考えれば床の間はないほうが部屋は広くなります。 では、なぜ日本では日常生活には使えないスペースを作ってまで、床の間を設えるようになったのでしょうか? 今月は「床の間」についてお話します。

床の間が生まれたのは、室町時代中頃のことです。 それ以前の日本家屋は、床はすべて板張りで、畳は寝具として使われていました。 家中に畳を敷き詰めるようになり、床の間が生まれたのは、日本家屋の原型といわれる「書院造り」が完成してからのことです。

といっても、当初の床の間は「押し板」と呼ばれ、畳の上に板を敷いて一段高くしただけのものでした。 今よりも間口が広く、一間(1.818メートル)から、広いものでは三間ほどのものもあったそうです。

その広いスペースで何をしていたかというと、神や仏を描いた絵や、その教えを書いた掛け軸をかけて供え物を供えて祀っていたそうです。 というのも、「書院」というのは、もともと悟りを開くための部屋だったからである。 最初は、神を祀って考えたり、精神統一する場所だったのが、やがて美術品を置いたり、生け花を飾る場所に変わっていったのです。 
いっぽう、民俗学者の柳田國男氏によれば、床の間はもともとは「客のための寝室」で、普段は使わないから花や掛け軸を飾ったのだという。 さらに、その「客」は実は神様だったという説もあります。 神様をもてなすために、高価な掛け軸などを飾る床の間が必要だったというのです。


石屋のないしょ話でした・・・。