石屋のないしょ話 vol.41

明けましておめでとうございます。 今年もgood-stoneを宜しくお願い致します。 2006年一回目の《石屋のないしょ話》は、京都ではお正月にほうきをもってはいけないといわれていることについてお話します。
一般的に、お正月に何かをすると一年中それを続けることになると言われていることから、お正月にほうきを持つと一年中掃除をしなければならないからほうきを持ってはいけないという意味にとらえられていますが、本当はほうきというものが悪いものを掃いてしまう(邪気をはらう)道具と考えられてきたことからそう言われているのです。 しかしお正月には「お正月様」という神様が家に降りてこられているため、本来悪いものなどあるはずがありません。 せっかく、神の「よりしろ」だという意味でしめ縄を張ったり玄関飾りをして神様をお迎えしているのに、ほうきを持つことによってその神様まで掃きだしてしまってはいけないという、そんな理由からお正月にほうきを持ってはいけないと言われてきたのです。 
しかし、これは一種の後付の理由であり、実は「女性は日ごろから何かと忙しく動いてきたのだから、お正月ぐらいはゆっくり休んでください」という意味があるのです。 京都人の女性に対する思いやりの表現と言えるでしょう。 姑さんが若いお嫁さんに対して「お正月はほうきを持ってはいけない」と厳しく叱っていたとしても、その本意は「お正月の間ぐらいゆっくりしなさい」ということなのです。 それならその本意をはっきり言えばいいのにと思われるかもしれませんが、これを一つの『しきたり』とすることに大きな意味があるのです。 『しきたり』でなければ、掃除をする人も出てきて、しないでいると何か怠けている感があり、また働くことになります。 例え埃がかぶっていても、決して恥ずかしいことではないという『決まりごと』にしてしまうことで、本当に休むことができるのです。 お正月のおせち料理も、お正月の間は料理をせず休んでいられるようにという同様の配慮があるのです。
ちなみに、お正月の一番最初に汲み上げる『若水』も男性が汲むのがしきたりとなっていますが、これも男性が汲まなければ縁起が悪いというわけではありません。 これらを、京都人の持ってまわったいじわるな表現だと思われる方もあるかもしれませんが、あえていうなら京都人の持ってまわった優しさとでもいえるでしょう。 ささいなことにも二重三重の意味があり、それが京都人の知恵として強く根付いていることで、逆に人間関係を大変楽にしてきたと言えるのです。 
石屋のないしょ話でした・・・。