石屋のないしょ話 vol.47

皆さんは、きゅうりの切り口をじっくりご覧になったことがありますか? 今月は、きゅうりの切り口と祇園祭についてお話します。 
きゅうりの切り口が祇園さん(八坂神社)の紋にどことなく似ていることから、その紋を食べてしまうのはあまりにももったいないと、京都では祇園祭(八坂神社のお祭り)の間はきゅうりを食べない人が少なくありません。 他の地方の人は祇園祭といえば二・三日ぐらいの間と思っておられるかもしれませんが、祇園祭というのは随分長い期間にわたるお祭りで、およそ一ヶ月ほどあります。 この間、特にきゅうりの美味しい時期に食しないのですから、けっこう大変なことなのです。 京都では、シンボリックな紋というものに対して敬う気持ちが非常に強く、大事にしているのです。
石屋のないしょ話vol.22でもお話しましたが、紋はその家やその人を表すものであり、神聖なものだと考えていますので、あまり軽くは扱わないのです。 京都では、広蓋や袱紗や風呂敷に、しっかりとご自分の家の紋が入っており、そのように代々残して伝えていくものがあるからかもしれません。 そして、それらはただの装飾品ではなく、日常生活の中で、事あるごとに使用するものでもあるのです。 日々の生活の中で培われてきた、紋というものを重たく思い入れる心が、きゅうりを食しないことにつながっているのです。 
もともと紋は公家が使っていた輿や牛車につけられていたことが始まりであると伝えられています。 このように、家紋発祥の地である京都には、紋に関するしきたりがあり、儀式作法には必ずといっていいほど登場します。 京都人は、自分の家の紋を知っているのが当たり前であり、またそも紋には男紋と女紋があるのです。 京都は紋=シンボル(象徴)を敬い、大切にする土地なのです。
石屋のないしょ話でした・・・。