石屋のないしょ話 vol.53

明けましておめでとうございます。 今年もgood-stoneを宜しくお願い致します。 2007年一回目の《石屋のないしょ話》は、祝いの日の雨についてお話します。 お祝い事の日に雨が降った場合、「雨降って地固まる」といって験げんの良いことだと言われていますが、本当のところ、これは一種のなぐさめの言葉なのです。 
お宮詣りをはじめとして、結納や婚礼の日はもちろんのこと、特に荷出しの日に雨が降れば娘のために今まで支度をしてきた親の気持ちは察するにあまりあります。 どうしても陰気になり、気が滅入ってしまうものです。 人間にはどうすることもできない自然界のこと、誰もが空を見上げながら泣きたくなるのも当然です。 そんな時、相手の気持ちを察して「雨が降るのは地が固まって験がいいですね」と話しかけるのです。 この言葉に当事者の方はどれだけなぐさめ力づけられることか計りしれません。 それだけではなく、地が固まって験が良いだけで終わらさず“降り込む”“入り込む”などといった験の良い言葉をも創り出したのです。 これも生活の知恵であり、京都ひいては日本人の心根の優しさと言えるでしょう。 
京都人は、単に迷信や言い伝えにこだわっているわけではありません。 迷信や言い伝えから心の優しさを取り出し、事を行ってきたのです。 だからこそ全国津々浦々にまでこんな言葉が広まったのだと思います。 このように、儀式作法とは、本来、心根の優しいものだったのですが、最近の若い人々に受け入れられないのは何故でしょう。 それは、本当の意味や心が正しく伝わらなかったためではないでしょうか。 ただ、表面上の形ばかりにとらわれて、儀式作法を一人歩きさせた責任を十分に自覚しながら、その反省の上に立ち、本当の意味・心を伝えていかなければと思います。 それが伝承というものだと思いますし、京都の心を残す大切な事柄の一つなのではないでしょうか。 
これとよく似たことに、数字の“八”というのがあります。 例えば、八万円の金額をお祝いとして受け取った時、本来“八”という数字は偶数の陰の数であり、あまりお祝いごとにはふさわしくありません。 しかし、頂戴した以上は仕方ありません。 そんな時、「八は末広がり(扇子を逆にした形)」という言葉を使うことで、相手の心をなぐさめてきたのです。 このほかにも、人を思いやる言葉は数多くあると思います。 これらは全て生活の知恵であり、京都人ひいては日本人の心根の優しさと言えるでしょう。
石屋のないしょ話でした・・・。