石屋のないしょ話 vol.62

昔から、京都ではいつも御所というものを目の当たりに見ることができたためでしょうか?町中においても御所がいつも中心にあり、私達の生活の中にしっとりと溶け込んでいるのです。 ですから、御所を主体にした左と右に・・・すなわち、左が右であることに、京都人は何の疑問も持っていないのです。 今月は、京都では右が左についてお話します。
京都では、現在の地名においても、御所に向かって右が左京区・左が右京区となっています。 つまり、御所の方からご覧になって左右を決められたものですので、向かって“右が左”で“左が右”ということになったのです。 そのために、京都ではお雛様をお飾りするときも、男雛を左側(向かって右側)に置きますし、左大臣・右大臣も、また桜も橘も、他所の地方とは反対に並べるのです。 結納飾りの尉と姥の高砂人形も、これまた同じことが言えます。 (ただし、高砂人形は姥が手にするほうきによって、あえて尉を右、すなわち向かって左にする場合もあります。) このことは、物事が京の都から他所に伝わっていく過程において、いかに誤りが起こり得たかという一つの証拠ともいえるでしょう。 
左と右、この左右論とも言うべきものは、他にも色々とあります。 しめ縄の巻き方も地域によりその巻き方が異なりますし、帯の巻き方にも京都式と関東式があり、京都では左巻きと言われていますが実際には右に巻いていくのです。 金銀の水引のかかった金封を頭に思い浮かべてください。 向かって右に金色・左に銀色がくるように結んであります。 一説によると、これは神話に登場する伊弉諾いざなぎと伊弉再いざなみに由来し、この二神が出会われ仲睦まじく結ばれた姿を水引の結びで表現しているのだと言われています。 向かって右が陽で男性を表現した金色・向かって左が陰で女性を表現した銀色。これら金封の水引については不思議と全国的に統一されていますが、本当は逆に結ぶべきだという説を唱える学者さんもおられますので、一層話がややこしくなっています。
それはともかく、このように色々な意味が込められた左と右、何が正しくて何が誤りだと結論づけることはできませんが、こんなところにも何か京都的なものを感じますし、私達がふだん何気なく見ているものの中にも、京都は存在しているのです。
石屋のないしょ話でした・・・。