石屋のないしょ話 vol.68

四月八日に行われる「やすらい祭」は、京都市北区紫野の今宮神社境内にある疫えやみ神社のお祭です。 今月は「やすらい祭」についてお話します。
起源は古く、『百練抄』には「久寿二年(1155)四月、京中の児女風流を備へ、鼓笛を調べて紫野に参る。 世にこれを夜須礼やすらいという」とあります。 
現在の練り行列は、先立・鉾・督殿(リーダー)・小鬼(少年二人)・大鬼(赤毛と黒毛のシャグマをかぶった各二人)・花傘・音頭取り・囃子方の総勢数十人が時代衣装をまとって練り、要所で踊り歌います。 歌に「花や咲きたる、やすらえ、花やー」と囃子言葉が入り、やすらい祭の根底には田遊び・田楽がとどめられています。 
徳川五代将軍綱吉の母桂昌院は京都西陣の町人の生まれで、今宮神社の氏子であったので、鶴の一声で八坂神社の氏子地域を今宮神社に変更させたり、疫神社を修復・復興したそうです。 
練り衆は上賀茂・西賀茂・雲林院・上野の四集落から出ていましたが、今は上野だけとなり、今宮神社と境内の疫神社および行き帰りの町中で踊ります。 人々は花傘に入ると厄を逃れると言われているので、競って傘の下へと集まります。 太秦の牛祭・鞍馬の火祭とともに、京都三大奇祭の一つです。
石屋のないしょ話でした・・・。