石屋のないしょ話 vol.72

刺身にワサビが付き物のように、歌舞伎にないと物足りないのが「大向う」と呼ばれる客席からの掛け声です。 皆さんも「成田屋!」などの掛け声を耳にしたことがあると思います。 今月は「大向う」についてお話します。
基本的に、舞台への声掛けは誰がやってもかまいません。 しかし、芝居の空気を壊さないのが原則で、生半可に声を上げるには勇気がいります。 かといって声が少ないと寂しいので、芝居好きで掛け声の“うまい人”が会を作り、公演中、誰かが客席にいるようにしているのです。 

実は、こうした会は劇場公認で、会員になると客席上段に無料で入れる通行許可証がもらえるのです。 ただ、会に入るには、まず劇場に通い、声を掛け続けなければなりません。 その中で、“筋がいい”と認められた人だけが会員から勧誘される、スカウト制を採っているそうです。 うまい掛け声とはどんなものなのか・・・勇敢な主人公には大きく勇ましく、美しい女形へはきれいな声で掛けます。 また、役者の声や三味線・拍子木のチョンなど、直前に響いた音と同じ音程で声を出すと、より空気に合い、舞台と調和し、舞台と客席の一体感が増し、芝居の味がぐっと引き立つのです。 “間”も難しく、台詞にかぶるのは厳禁なので、役者の息遣いに耳を澄ませることが大切です。 しかも芝居は生き物で、演じ方は役者や日によって違ってくるので、声の掛け方は千変万化です。 特に掛け声は、東京がキッパリ目、上方は柔らかさが特徴です。 これは、芝居が東京は力強さ、上方は柔らかみのある芸を代々特徴としてきたのと同じで、東京は「成田屋」の場合「た屋っ」と聞こえるほど短くかけますが、上方は「まつしまやあー」と優しい音になります。  
掛け声も立派な『伝統芸』として、客席で伝承されているのです。
石屋のないしょ話でした・・・。