石屋のないしょ話 vol.75

11月1日に、護王神社で「亥子祭」が行なわれます。 今月は「亥子祭」についてお話します。
旧暦10月の亥の日には、農作物の豊作を田の神に感謝する収穫祭が行なわれます。 これは「亥の子」といって、西日本を中心に見られる行事で、関東では旧暦の10月10日に行われる「十日夜とおかんや」という収穫祭と一緒になっているところもあります。
「亥の子」は、もともと平安時代の宮中行事で、亥の日の亥の刻に大豆などでつくった餅を食べると病気をしないという中国の風習を取り入れたものでした。 天皇をはじめ、宮中の役人が亥の日亥の刻に餅を食べて万病を払ったといわれています。 また、多産である亥(猪)にあやかって、子孫繁栄もあわせて祈願されました。
多産の神は豊穣の神にも通じるとされたため、農村では田の神に感謝する収穫祭となりました。 商家でも多産を商売繁盛ととらえ、同様に亥の子を祝いました。 普通は10月の最初の亥の日に祝われましたが、江戸時代には最初の亥の日は武士、第二の亥の日は農民、第三の亥の日は商人が祝う日とされました。 亥の子の日には「亥の子突き」という子供の行事があります。 子供達が歌を歌いながらワラや石で地面を叩きながら、一軒一軒を訪ねて歩き、褒美に亥の子餅をもらいます。 地面を叩くのは、大地の神を呼び起こすためなどと言われています。
石屋のないしょ話でした・・・。