仏事Q&A
其の八


京都の基本形 (今月は仏事からちょっとはずしてみました。)

京都の存在理由
《時節の移り変はるこそ、物ごとにあはれなれ》 日本の季節感・四季意識が悠久の歳月をかけて京都を母体に培われました。その母体が生み出した文化・風光を、東京によってデフォルメされずに、いつまでも京都から発信していく。変わらない事の大切さその発信にこそ、京都のアイデンティティー(存在理由)があるのではないでしょうか?

端午から祇園祭へ
現在の端午の節句は五月五日ですが、旧暦では四十日ずれて六月十五日ごろになります。いよいよ梅雨の長雨を目前に生活様式を疫病・食中毒予防型に切り替える、節目・区切りの日でした。祇園祭は梅雨明けをむかえて病魔を駆逐し去り、戻ってきた太陽を謳歌する行事でした。暦を変更した事により祭事や習慣が今の生活にそぐわないものとなり 先人の知恵や知識が活かされない生活様式になってしまった事は大変残念です。

京都三大祭は太陽暦に直して執り行われています。
祇園祭神輿洗い
五月三日(旧暦)−七月十日(太陽暦)
鉾立て(真木立て)
六月一日(旧暦)−七月十一日(太陽暦)
山鉾巡行
六月七日(旧暦)−七月十七日(太陽暦)

夏から秋への京ごころ
やすらいー葵祭ー端午ー祇園祭ー夏越の祓え(なごしのはらえ)−七夕ー盂蘭盆ー八朔(はっさく)−中秋ー十三夜
現在の七夕は、梅雨の真っ最中で”天の川”なんて見えるほうが不思議なくらいですが、旧暦では八月十七日ごろ秋の気配が空に現れてきた頃のあたります。今年は皆さん旧暦でとてもきれいな”天の川”を見てみてはいかがですか?

暦の事情
二十一世紀は経済的尺度だけに依存する価値観や生産性ばかり追い求めてきたことから脱却して、四季を持ったわが国が平安京以来、自然と共生することを大切にしてきたことを今一度見つめなおす世紀です。生活の暦を意識するところに伝統行事などをも見つめ直し、「共生」の自覚を養いたいものです。
わが国は持統四年(690)、中国の暦をもとに太陽太陰暦(旧暦)をつくり、千二百年間用いていました。現行の太陽暦(グレゴリオ暦)は時の大蔵大臣大隈重信によって明治五年(1872)十二月三日に施行され、この日が明治六年元日となりました。旧暦と現行暦の間には、平均四十日の偏差があります。

ツロク・テコ・スイ・ハンナリ(京言葉あれこれ)
ツロクとは釣り合いの事。時と処をわきまえて、そこに釣り合うよう心がけるという意味です。今風にいうとTPOをわきまえるということです。
テコとは梃子。仕事にも行為にも人それぞれの能力にツロクした程合い・加減があるという意味で、その程合いと加減がテコである。能力以上のことや無理なことは”テコ”に合わんと言います。
スイ(粋)はイキ(粋)とはかなり違います。イキは「意気」という身構えを含みますが、スイは身構えを脱し、見て呉れ(体裁)をつくらず、すっきりと垢ぬけするという意味です。
ハンナリは「花なり」の転化です。時と処にふさわしく、しっとり落ち着いて決して目立ちすぎず、ほのかに匂い立つよう映えるさまがハンナリという意味です。
ケ(普段)は地味にもちこたえ、ハレ(晴・行事)にナンナリと映え、スイに一年を暮らしとおす。