仏事Q&A
其の三十四


Q. どうして喪服は黒なのですか?

A. 最近では葬儀の時に、遺族の方や参列者の方はみんな黒づくめの身なりをするのが一般的になってきていて、喪服というと黒色でなければいけないと思い込んでいる方も多くなりました。 しかし戦前は(ことに親族の者は)白色の喪服を着ていました。 関西地方では、男性が白の裃を着て、女性は白い綿帽子をかぶって葬儀に参列することも珍しくはなかったようです。 むしろ喪服が黒色になったのは今から三・四十年前のことで、それ以前は白色でした。 現在でもある地方では白以外の喪服を着て、襟や頭に白い布をまいているのは、かつての白い喪服の名残だと思われます。
『隋書倭国伝』に「妻子兄弟は白布をもって服を制す」と喪服のことが記されていますし、『万葉集』の挽歌に「白栲の麻衣着て」とあったり、『日本書記』は「素服・喪服」をアサノミノあるいはアサノコロモと読ませて、『倭名抄』では「穣・和名不知古路毛・喪服也」と藤衣の字を当てています。 これは上古の時代、藤葛をもって織った粗末な服を指した事から名づけられたものですが、麻で織った生地のままの衣などが用いられています。
これは現在でもお坊さまが亡くなられた時や、遺体に着せたり、あるいはお弟子が着る「清浄衣」は麻で織った衣ですし、死者に着せる経帷子も白衣でつくられているのは、これら上古の風習がそのまま伝えられているからでしょう。 中国や朝鮮でも日本と同じように白い衣服や白布を身にまとっています。 お釈迦様がお亡くなりになった時、その遺体を新しい麻布で包んで安置した事が経典に記されていますが、現在でもインドでは亡くなった方を白布でぐるぐる巻きに包んで火葬にしています。 
白色の喪服とは別に、古い時代の記録には墨染の衣を着ていた事も記されています。 『源氏物語』には葵の上が亡くなられた時に女の童が墨染の衣服を着ていた事が記されていますし、『栄華物語』では村上天皇の崩御の時「一天下の人、烏のようなり」とありますから、黒色系の喪服は仏教の伝来に関係しているようです。 もともとインドにおいては、お坊さまの衣は糞掃衣ふんぞうえといって茶褐色の「壊色」に統一されていました。 現在でも南方仏教国のお坊さまはこの色の衣を着ています。
仏教伝来とともに日本にも衣の色が伝えられ、奈良時代の浅黒色から、平安時代は橡色つるばみいろ(どんぐりで染めた黒に近い色)や鈍色にびいろ(薄墨色)が用いられ、黒色が上級官吏の礼服に用いられるようになったのは十世紀の末といわれています。 現在葬儀の時に張り巡らす幔幕は黒白色で、祝儀の時は紅白色となっていますが、昔は祝儀・不祝儀を問わず、儀式の時の幔幕は黒白色でした。 黒と白は色の根源となる色で、正式な儀式の時に用いる色なのです。 
お坊さまが普段着ている道服は黒色で、その下には白色の着物を着ており、黒と白の両方を着ているわけです。 この黒と白の両方を着るという事は、儀礼的な色の衣を着るという事とともに、生と死の両方の世界に関わるものを意味しています。 
ご参考までに・・・。