仏事Q&A
其の五十二


Q. ダルマさんはなぜ縁起がいいのですか?

A. 年の暮れの酉の市の「くま手」とともに、お正月の縁起物の市として、ダルマさんの市がテレビなどの話題に取り上げられたり、選挙の時に目無しのダルマに片目を入れる風景などで、ダルマさんは縁起の良いものとして扱われていますが、これは底を重くして倒れても自然に起き上がるように工夫されている「起き上がり小法師」の玩具として作られはじめた江戸時代中期頃からです。 また、ダルマさんが赤く塗られているのは、子供の疱瘡除けのおまじないとされています。
ダルマさんの姿は、インドから中国に仏教ことに座禅を伝えた達磨大師の「面壁九年」にちなんで、その座禅している姿をうつしたものです。 ダルマさんは、菩提達磨といって、南インドの香至国(あるいは波斯国)の第三王子でした。 はじめは大乗仏教を学んでおり、世事内外にも通じていて、ことに禅定に優れていました。 
彼は、仏教が辺境の地に伝わっていないのを悲しんで、山海をわたって中国の南越(海南島付近)につき、さらに北魏に赴いています。 梁の武帝に招かれて禅を説いたのですが理解が得られず、嵩山の少林寺にこもり、そこで壁に向かって座禅すること九年に及んだといいます。 禅家の語録には、達磨大師と梁の武帝との有名な問答が伝えられています。 武帝に招かれた達磨大師が、武帝から「自分は多くの寺院を建て、お坊さん達を供養しているのだが、その功徳はどれほどだろうか」と問われたのに対し、言下に「無功徳」と返答しました。 
かつて洛陽の都に赴いた時、永寧寺大塔を見て「私は今まで諸国を巡ってきたが、このような素晴らしい塔を見たことはない」と言って、口に「南無」と唱えて合掌すること連日に及んだという達磨大師だったのですが、梁の武帝の自らの業績を誇る慢心に対してはぴしゃりとやったのです。 達磨大師が一言のもとに「無功徳」(功徳なんてありはしない)と言ったのは、武帝の慢心をいさめた慈悲の言葉です。 良い事をしてもそれは他人が認めて褒めることであって、それを自分で誇ったのでは何にもならないことなのです。
ところが驕り高ぶっている武帝には達磨大師の心は解りません。 ついにせっかく招いた達磨大師を追い出してしまいました。 私達は、この武帝のことを愚かだと笑うことはできません。 私達の心の中にも、何か少しでも良い事をしたと思った時にはそれを他人に話してみたくなりますし、誇ってみたくもなります。 他人がその事に触れようとしない時は、さも自分は謙遜しているような口ぶりで、逆に自慢したりします。 良い事をしたというのは、その時すでにその功徳(陰徳)を自分の身の内に積ませてもらっているのですから、あえてそれを明らかにする事は必要ないはずなのです。 縁起物のダルマさんに目が入ったといってぬか喜びするよりも、ダルマさんの「無功徳」という無言の叱正をいつも思い出すほうがどれほどか「功徳」」があるのではないでしょうか?
ご参考までに・・・。