石屋のないしょ話 vol.97

どんなに京都の夏が暑くても、観光地にはたくさんの人々が訪れています。 観光都市・京都としては嬉しいことですが、なかには、マナーを守れていない人もいます。 今月は、観光地でありながら、観光地でない、お寺についてお話します。 
京都の有名なお寺は、いつも修学旅行生や観光客でいっぱいです。 たくさんの人に京都のお寺を見ていただくのは嬉しいことですが、京都人にとって、お寺はやはり信仰の対象なのです。 本来、お寺を見るということは、仏様の教えを例え一端でも理解することだと思います。 お寺は、決して俗に言う観光のために存在しているのではありません。 それに、有名寺院にもそこの壇信徒(檀家)がいるわけですし、その人たちにとってお寺に行くということは、お詣りそのものなのです。 しかし、いつでも観光客ばかりで落ち着いてお詣りもできず、寂しい思いをされている人も多くいます。。
京都は観光で生活していると言われることを、京都人は快く思っていません。 例え門前でお土産物を販売されているお家でも、どんなお客でもいいからたくさんの人に来てもらえればそれでいいと思っているわけではないでしょう。 京都のお寺が俗っぽい観光地と同じ扱いをされることに眉をひそめている人もいるのです。 京都人は、京都を知っていただくために京都に来て欲しいのです。 決して観光客を拒否しようなどとは思っていません。 京都には京都のルールがあるという、そんなプライドを持ち続けないと、どんどん京都がダメになってしまうことを京都人は知っているのです。 そんなところを指して、京都人は冷たいと非難されるかもしれませんが、東京ディズニーランドでお弁当が食べられないのも、そこにポリシーがあり、ルールがあるからなのではないでしょうか? そんなところに、京都とディズニーランドには、まったく異質でありながら、どこか相通じるものを感じます。 一度、雨の日など人が少なそうな時に京都のお寺に出かけてみて下さい。 京都らしい風情が必ず見つかると思います。 そして、京都人の心の拠り所としてのお寺の存在がよくおわかりいただけると思います。
石屋のないしょ話でした・・・。